衝撃の党首会談、衆議院解散を経て1週間余り。
先日、支援者の方々との会話で、
Aさん:「野田総理、男を上げたわよねぇ。」
(たしかにニュースで取り上げられる“あの場面”は優位に見える。)
Bさん:「安倍さんはちょっと、何回も同じこといい過ぎだと思ったわ。」
(“さん”付けなのは親しみの証拠だ、いいぞ、とは言え厳しいなぁ。党首討論の時の“表情”は受け身に映るのだろう。)
Cさん:「あ、ところで最近、河村たかし、ちょっと可哀想に見えてきた。」
(いきなり呼び捨て。しかし、これこそが河村人気のユニークさなのだろう。)
Aさん:「そうそう“名古屋飛ばし”だって言ってたわ。」
(う~ん、そういう話ではないのだが、確かに、過去の“新幹線”問題以来、名古屋市民が反応する“キーワード”である。)
Bさん:「大村さん、維新やめて結局河村さんと仲直りしたんだね。もともと二人で勝ったんだから、正しいんじゃない。」
(たしかに、スジが通っている。ここでも“さん”付け、これもまた親近感がある証拠だ。それにしてもよく見ているなぁ。)
雑談の中でのひとコマなのだが、女性の視点は鋭い、そして本質を突いている。僕たちは無意識に、メディアに映し出される“瞬間”で、その優劣や勝敗を瞬時に判断しているのかも知れない。我々国民の“正しい選択”を、メディアが大きく左右する時代。その責任は一層大きく重くなっている。
東京でも大阪でもない、ここ愛知・名古屋では、独特の“
期待感”を放つキャラクターが支持されるのだろう。間もなく始まる総選挙、選ぶ視点はひとつ、“
どこ”ではなく“
だれ”に託すか。