“日本人には、絶妙なバランス感覚”が備わっていると言われている。諸説あるが、周囲をぐるりと
海に囲まれ、二つの大きな
大陸の間に位置する地理的な要因も影響していると考えられる。
そのバランス感覚とは例えば、イチロー選手の“振り子打法”が最たる例ではないかと思う。(遡れば、王貞治前ソフトバンクホークス監督の“一本足打法”か。)絶妙のバランスが保たれているその姿は、時に美しく見えさえするものだ。だから彼らはアスリートでありながらしばしば
アーティストとも称される。
近年、ニッポン(国民)の“バランス感覚”が機能しなくなっている。おそらく2005年9月の“小泉郵政選挙”以来、
完全にバランスを崩した。
無意識のうちに出来ていたことを、意識して修正することほど難解なことはない。スポーツ選手のスランプにそれは似ているかもしれない。迷った時は、
基本に立ち戻る。これがセオリーだ。
誤解を恐れずに言えば、国づくり、地域づくりは、政治家がやるものではない。国民、県民、市民が“有権者”としてその役割を政治家に託すのだ。
基本に戻って「有権者」という言葉の意味を再考する。それは単に“投票権がある人”のことではない。“(次の世代の為に責任を持って)投票する権利を有する人”の意である。
生まれ来る未来の子ども達に代わって、今、投票するのだということを忘れてはいけない。そこに“
絶妙なバランス感覚”はよみがえる。